【ドイツ渡航記】11日目。機関士労組の活動家との交流と、ドイツの労働運動をめぐる学習☆

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    午前中は、こちらの労働運動活動家の方達と朝食。日本の労働運動の現状を知りたいという質問に答えたり、労働学校をどうやって組織したらいいのかという話になったり。非常に有意義な意見交換となりました。
    クルドの闘いのポスターを発見。


    午後、ひょんなことから、ベルリンの労働者たちの闘いの場所をめぐるフィールドワークに参加できることになり、午後は勉強となりました。

    まずはベルリンの壁の跡。東ドイツの政治的、経済的状態があまりにひどく、逃げようとする人がたくさんいたようです。東ドイツの中にある西ベルリンに入れば助かるということで、東ドイツの、逮捕、地雷、銃をもっての阻止と闘うということが日常だったようです。

    トンネルを掘ったり、改造した車で隠れて行ったり、途中で逮捕されたり、いろんなことがあった。
    ベルリンの壁が崩壊したとき、政治的にはおなじになっても、経済的には東ドイツは大変で、すぐにたくさんの人が西側に出てきたとのこと。空き家になった家にまた占拠する人たちも生まれて来ます。

    フィールドワークは、1900年にさかのぼって、その当時の労働者の住居の話から。農村の多かったドイツは、この頃一気に工業化し、労働者の数は一気に増加、住宅が作られ、ものすごい過密な状況で労働者は暮らしていました。こうして入り口を何度も抜けてアパートへいくような構造がまだ残っています。


    第一次対戦に対して、社民党が戦争賛成にまわるという裏切りがあります。しかし、現場の労働者は頑張って闘う。メーデーも闘われ、1917年のゼネストには、食べ物、戦争反対、植民地反対が掲げられたそうです。

    ロールパンを配ったとされる、ロールパンの教会。

    みんなでゾロゾロと話しながら次のスポットへ。ベルリンの壁を越えようとして何々さんがここで逮捕、とかそういうことが刻まれています。



    建設中の家をそのまま占拠したりする闘いもあったそうです。家賃を払える人はほとんどいなかった。こうした中でこのヴェディング地区は共産党の拠点になっていきます。
    29年の大恐慌では、闘いの拠点に。4万人の家賃不払いの闘い。家賃は食べ物の次だ、スローガン。もう一つはナチス反対。多くは戦争で空襲され焼けてしまったようです。

    1929年のメーデーは、社民党政権のもとでデモ禁止となります。それに対して大きなデモが計画され、警察の暴力的な弾圧が行われます。それに対してさらに大きな抗議デモ。赤旗の出ている窓という窓にに警察が発砲するという事件が起き、民衆の3日間の抗議が吹き荒れ、5月4日に地区が警察によって封鎖されます。集まることが禁止され、30人が死亡、数千人の逮捕と負傷という事態に。こうした社民党の弾圧から、社民党と共産党の分断と対立となり、ここからナチスの台頭が始まります。

    1880年代に作られた橋。下にスラム。共産党のハンガーデモがおこなわれ、警察と衝突した場所です。


    1870年にできたAEGの工場です。9000人の労働者が、働いていました。電球とモーターをつくり、1890年、地下鉄を最初に作りました。まだ線路の跡が残っています。1917ゼネストには、ここの労働者はみんな参加し、ナチス政権になって、活動家が数百人逮捕され、「赤いヴェディング」のナチス抵抗の拠点にだったようです。いまは大学や、工場として使われています。



    ナチスは、この地区に事務所を作ってプロパガンダを開始します。失業率の上昇の中、失業者に給料を出して組織し、社民党などを攻撃させる。その金は企業から集めたようです。さらに、会社の中に組合を組織していきます。70%が共産党・社民党に投票していた地域が、ナチス、社民、共産党の三つ巴にの対立となります。あらゆる集会には別の党派のオルグと衝突。

    警察が作った活動家名簿をナチスが権力をとったとたんに活用し、自宅へ行って逮捕して行った。民衆の側も秘密に森で会議したりして対抗していくが、1936年に500人の活動家が逮捕され、基本的には抵抗が終わる。小さな抵抗は武器工場のサボなど続き、ヒトラーユーゲントに反対する10代の若者の闘いもあったようですが、全体として敗北して行ったと。

    見方はいろいろあるものの、労働運動がナチスと闘った息づかいが聞こえてくるようなフィールドワークでした。自らの歴史を見つめることはとても有意義であり、たくさんのことを学ぶことが出来ました。ブラブラと歩きながら、会話しながらすすんでいくフィールドワークがとても気持ちがよかったです。解散地点では、椎名さんから福島の状況とお礼を言い、バッジを渡して別れました。みんなはバーベキューにいくようでした。

    この日は少し街をぶらついて、明日に備えます。
    ここは活動家の集まるカフェ。


    こちらは少し有名な飲み屋だそうです。いや〜相変わらずビールがうまい!

    明日は核戦争防止医師会議との交流、機関士の職場見学、夜の集会と濃密。頑張ります☆

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